ホームホンモノ君構造材加工品家作りわたしたち

古くより自然とともに暮らし、自然を守る事で生活環境を整え受け継いできました。豊かな自然は多くの時間と人々の努力の上に培われてきたものです。
紺碧の海日本海に囲まれた島、隔絶された自然環境と暖流の影響を受け北方系、亜高山、冷温帯落葉広葉樹林、中間温帯林などの植生が複雑に交じり合う自然体系。いまだ信仰の厚い風土により数々の巨木、固有生態系がはぐくまれている。

         
  島の巨人達      
  かぶら杉
4〜6本ほどの杉が合体して生長した杉 裏日本独特の樹形で、日本海側に生育するスギの特徴を良く表したスギです。
 
 
幹 周   10.8m
樹 高     42m
樹 齢 推定600年
   
         
     
  岩倉の乳房杉
その存在感は日本一の杉と断言しても良いだろう。何から何まで常識を逸脱した杉です。
 
 
幹 周    9.6m
樹 高     38m
樹 齢 伝承800年
   
       
           
  春日の黒松
樹高66m、黒松の樹高日本一として知られた40 数本の黒松群であり、50m級も10数本有りました。 現役引退です
 
       
     
  八百杉
最大のスギで、伝承2000年と伝えられる、若葉が目にまぶしく、すこぶる樹勢旺盛な杉です。
 
 
幹 周   11.0m
樹 高     30m
樹 齢 伝承2000年
   
       
     
   日本海に浮かぶ歴史と自然豊かな島「隠岐の島」、古くより北前舟の航路にあり、風待ち港として栄え、島の海産物、木材は遠く関西などで良質と珍重されました。  
       
  布施村の林業について
1布施村の概要
隠岐・島後の北東部に位置し、山間部には隠岐島最高峰の大満寺山、験地であった鷲ヶ峰、奇岩トカゲ岩等の自然に親しめる山林を有している。
●旧布施村の人:520人●世帯数241戸
●村の面積1,855haうち森林面積1,804ha(林野率97%)人工林面責1,033ha(人工林率57%)
●村有林面責1,163ha(森林面責の64%)うち人工林623ha(人工林率54%)天然林538ha
2林業の推進体制
布施村林業経営審議会(昭和40年4月設置)
●目的;村有林の適正な経営と円滑な施業運営、並びに村内林業全般振興に関して審議し、村政に寄与する。
●委員6名(林業関係者を各地区2名選出)●任期4年(会議年2回)●最近の村有林の山林作業
@昭和58年までは、年間10ha前後の植林と、100ha前後の保育
A昭和60年代までは年間100ha前後保育作業(下刈り,除伐、枝打ち等を実施)
B平成になってからは、年間60〜40haの保育(うち間伐が40〜20ha)
◎特に間伐について
@布施村は、沿道林修景間伐として、所有負担無で実施。作業委託先は「ふせの里」。
ただし、間伐材は村が自由に処分(作業委託先のふせの里が搬出販売)
A隠岐島後森林組合に間伐を委託し腸合は、所有者に22,000円/haの助成
●事業体第三セクター「ふせの里」は平成6年設立(現在;事務員1名,作業員3名)
3 布施の歴史(「隠岐布施村の林業」発行;昭和38年4月1日より抜粋)
★隠州視聴記(1691年)による、布施村の当時の状況
「雑木類や樫の中に杉松樅等の混交林を呈していた。大部分は搬出や輸送が困難なため放置されていた。村民の多くは雑木を薪にしていた。生計上から布施村民は、隠岐島下位の貧村であった。」
(1)造林の始祖(原玄琢、四氏=藤野孫一、船田兵右衛門,佐原長兵衛,長田新六)
@元屋村の医師;原玄琢(1631〜1718年)
玄琢は、1704年吉野より杉の種を買い入れ、杉の植栽に研修を重ね、良い結果が出ることを確信してしいた。
A藤野孫一(1701〜1784)と原玄琢の出会い
孫一は青年時代、湊村(西郷町港町)の西明寺で学問の修行をした。通学の途中にある元屋村の原玄琢とは親交があった。夢多い青年であった孫一が、村の貧困を憂いて良い方策を訊ねた。これに対して原玄琢は、確信を持って「即効の対策ではないが、杉・檜の植栽をすれば百年の大計として貧困を救う」と示唆した。